お手紙集

調律・修理編

西宮市 J.T.さん

我が家のピアノは40年以上前のものです。私が結婚したときに、実家から新居に運び、調律をして頂いたきり、長い間、調律をしていませんでした。主人の転勤で東京から関西に移り、ピアノを習いだした娘もいつの間にか止めてしまい、ほとんど蓋をあけることなくもなくなっていました。

8年前現在のマンションに引っ越すときに、主人から「このまま弾かないのなら、もう処分したらどうか」と言われたのですが、「私の老後の楽しみにするのだから嫌だ」と言い、持ってきました。その時に友人に紹介して頂いた高木さんに調律をお願いしました。長い間、放っておいたので、最初はとても大変だったようで、中の機械を一部外して、持ち帰られたほどでした。それから7年間、毎年来て頂いていたのですが、昨年、「今後のことを考えたら、大きな修理をされたらどうですか?」と、勧められました。修理は、ピアノを浜松まで運び、中身をほとんど新しいものにするそうです。

私はといえば、3年ぐらい前から友人に誘われ、連弾を楽しむようになりました。そのために、ピアノを弾く機会も増え、新たな楽しみになりつつあります。考えてみれば40数年、何の修理もせずに動く機械はそうはないと思います。それで、今年、思い切って修理をお願いすることにしました。「ピアノのない間、部屋が少しは広く感じるな」とは思ったものの、「早く帰ってこないかな」と待ち遠しく感じたものです。3ヶ月ぶりに我が家に帰ってきたピアノは、新品のようにピカピカに磨かれ、とてもまろやかな音がしました。

今では、子供の頃から10数年習っていたピアノが、もうじき老後に入りつつある私に多くの楽しみを与えてくれると実感しています。今回、ピアノを修理に出したことを両親に話したら、とても喜んでくれました。自分たちが、若い頃苦労して買ったピアノを、「新しいものに換えるのではなく、大切に使ってくれるのがうれしい」と申していました。
高木さん、色々とありがとうございました、そして、今後もよろしくお願いいたします。

宝塚市 Fさん

先日は、ありがとうございました。
宝塚仁川高丸の○○です。

子供が、"音色も、タッチも抜群に良くなった"と云って喜んでおります。
来年の調律時期ですが、11月ですと、 発表会前になりますので、10月中に来ていただければ助かります。

よろしくお願いします。

(FAX原文のまま掲載)

西宮市 魚井さん

昭和45年と記された調律の記録カードを、久しぶりに見たのは、平成14年になった時でした。
幼稚園の頃から、高校生までは、一応習ったものの、その後は『開かずのピアノ』と
なり、ほとんど弾くこともなく、鍵盤とは関わりもない、その後となりました。
結婚するときは、一応私のものと言うことで、共に引っ越してきましたが、ただ黒く、重くて大きな、時には本棚がわりとして使われていた可哀想なピアノでした。

子供ができ、童謡を弾いて遊んでいましたが、何とも複雑な音色でした。その子が小学生になり、「幼稚園の先生になりたいから、ピアノを習いたい!」と言いだし、さっそくピアノの先生からのご紹介で、高木ピアノさんに来て頂きました。

高木さんがひとたびピアノに触れると、それまで、ただ黒くて大きいだけの厄介者が、すごく喜んでいるように見えました。職人高木さんによって、少しずつ命が吹き込まれ、その度、私の記憶も蘇ってきます。昭和45年当時、親がどんな思いでこのピアノを買ってくれたのか、発表会の服を縫ってくれた母の姿まで、音と共に生き返ります。

これは、高木さんのピアノへの愛情、職人としてのプライドがピアノの隅々まで行き渡り、そのお仕事をされている姿から、音だけでなく色んな事が響いてきました。そんな、調律をされる方は滅多にいらっしゃらないのでは?!

高木さんは、必ず蓋を閉めた時、最後のひとふきをされます。愛情たっぷりに撫でておられるようです。その姿を見て、こちらも何故かとっても安心し、また私のピアノへの愛情も生まれ変わります。そして、二代にわたってレッスンできることを高木さんに感謝する次第です。高木さんの深いこだわりで、ピアノも我が家も命が吹き込まれました。

明石市 松原さん

今まで電子ピアノを使っていたのですが、子供がコンクールに出場するようになり、中古のピアノに変えることにしました。
最初の調律は買ったところでしていただいたのですが、あまり丁寧ではなかったので、いつもお世話になっている高木さんを紹介してもらいました。
今回、調律と修理を、お願いしました。調律をしているのを見て思ったのですが、前にしてもらった人より時間をかけて、「とっても丁寧だな~!」と思いました。見ている間に、音楽に対する話や、高木さんが調律の仕事をするきっかけの話などをして、とても楽しい一時でした。

調律と修理をした後に、ピアノの音色がすごくきれいに澄んで、先生も「透き通った音になったね!」と言っていました。子供は、以前より、弾きやすくなったと言って喜んでいます。私の感想では、「人柄が音色にでているな~」と思います。今回、本当に、高木さんにお願いして良かったと思います。

これからも、よろしくお願いします。

三木市 赤瀬理加さん

先日は、ピアノの修理をありがとうございました。 鍵盤が、とても軽やかになり、弾きやすく、感動しています。

高木さんがおっしゃていた「気持ちよくピアノが弾けるかどうかですよ」という意味を『本当!本当!』と思いながら練習しています。

今まで、何度も調律をしていただく度に「除湿をしっかりして下さい」と言われていましたが、梅雨時に少し除湿器をかける程度で特に気にしていませんでした。すると年々、鍵盤の上がりが鈍くなってきて、連打が出来なくなりました。

そこで、高木さんに修理をお願いしました。二週間後に帰ってきたピアノはとても弾きやすく透き通った音になり、気持ちよく練習が出来、気が付くと今までより長い時間弾いています。

少し修理代が掛かるので、なかなか踏み切れませんでしたが、こんなに変わるのならもっと早くお願いしてもよかったな~!と思っています。12年目のピアノになりますが、新品になったようで、とても嬉しく思っています。

いつも、とても丁寧に調律して頂けますし、本当にピアノが好きな方だな~と、お話していても感じます。いつも色々と教えて頂けるので、勉強になり、助かっています。今後もよろしくお願い致します。

西宮市 大野千晴さん

「おじいちゃん、おばあちゃん、晴ちゃんのピアノね、音がすごく良くなったんだよ! 
それに、おじさんがピカピカに磨いてくれたんよ。
ホラ ペダル見てよ、ピッカピカでしょ?」

「こんな金ピカやったの、ママも知らんかってんて!おばあちゃん、知ってた?」

高木さんに修理をしていただいた次の日曜日、子供達が自慢気にピアノを見せていました。

そのピアノは、私が小学校入学のころ、両親が買ってくれたもので
「このピアノねぇ、40万円だったのよ。その40万円がなくて、今はいない晴ちゃん達のひいおばあちゃんに頼んで、お金出してもらったのよ」
と、懐かしそうに話す母の前で、

「ちょっと弾いてみるから聞いてね」

と、小学校三年の娘が弾くピアノの音色は、気持ち良く澄んでいました。

30年程も昔に買った古いピアノですが、今は私の二人の娘が、毎日楽しく?弾いています。

高木さんにお会いして、色々とお話を伺ってピアノを本当に大切に思っていらっしゃる
心を感じました。

西宮市 中藤志津香さん

引越を機会に実家に置きっ放しのピアノを運び入れました。ずっとキーボードで練習していた娘も、待ちに待ったピアノ。ウキウキして鍵盤を押さえたところ

「母さん、このピアノこわれてる!音が変だよ!!」

と、しょんぼり。 ウ~ン、確かに私が聞いてもおかしな音です。

いつ調律したっけ…?  記録表をみると昭和52年が最終ではありませんか!。25年間放っていたわけです。なんだか調律して貰うのもはずかしいわぁと思いつつも、せっかく運んでいただいたんだしと、高木さんに調律をお願いしました。すると、半音も音が下がっていることが判明。 (素人にも判るはずですね)

一日がかりで調律と外装の手入れ、その他、私には気が遠くなるような細かい作業をしていただきました。「高木さんて、本当にピアノを愛しているんだわ!」丁寧な作業を黙々と続けられる姿を見て、25年間放っておいたピアノに「ごめんネ」と謝りたい気持ちでいっぱいでした。

学校から帰ってきた娘は、まずピカピカに生まれ変わったピアノに驚き、張りのある音色に感動し、タッチの変化を喜びました。 練習の後や気が付いたときに、ホコリや手の跡ふき取っている娘に

「母さんの分まで可愛がってあげてね~」

と、声をかける今日この頃です。 

今後とも我が家のピアノをよろしくお願いします。

先日は、ニュースレターをありがとうございました。
「また次回も読みたいわ」と感動しました。

伊丹市 Yamamotoさん

息子はピアノの調律をまっている?!

20年ほど前に買ったピアノを実家から運び込み、子供たちがピアノを習い始めました。
ピアノの先生に高木さんを紹介していただき、調律をすることになりました。

まずは、ピアノを…と見て頂くと、弦を張り替えなきゃいけないことに! 知りませんでした。弦て、張り替えていくものなんですね。

長時間かけて調律していただいたピアノは、音がグッと明るくなりました。弾くほどにいい音になってくるっていうのもすごいですね。

先生からは「高木さんて、職人よ~!」と、聞いていたとおり、職人さんでした。そして、高木さんにはまってしまったのは、我が息子でした。現在、幼稚園の年長息子は、電車・車が大好き。機械の中なんかも好き。もちろん、ピアノの調律なんて興味津々、目はキラキラです。

いつも「お邪魔かな?!」と思いながらも、いい機会なので見学させてもらっています。そこから先は、高木さんしか知りません。まさに、2人の世界!!

でも、帰られた後に、部屋にこっそりこもって、高音から低音まで1音ずつ、ていねいにポロン・ポロン…。いかにも、『ボクが調律しているぞー!』っと言わんばかりに。これでピアノが開いて、道具なんかがならんでいたら…!それは、恐ろしいことです。

将来は、ピアノ調律師? ピアニスト? 親もそんなことを勝手に想像しながら、一緒にピアノを楽んでいます。

いまだに、人見知りをする息子。そんな息子の心を動かす何かが、高木さんには、あるのでしょう。これからも、よろしくお願いします。

尼崎市 Naitohさん

私のピアノは古くて、高木さんに調律して頂いても、あまり変化もなく、所々、弱い音がしたり弾くのも面白くありませんでした。

新しいのに買い換えるのも大変だし、私自身も、『古い人間が、そのようなことをしたら、みんなが、ビックリするだろうし、そんなお金も無いし…』なんて考えていました。『下手な練習は近所にはうるさいだろう』と、それも気にしていました。

新聞に消音ピアノのお話が出ていたので、その事について「高木さん」にお聞きしてみました。そして、「思い切って修理をしてみては?」と言うことで、それもそうだと思いました。

主人が浜松のヤマハまで、ピアノの先生に同行願って買い求めたもので、いつまでも愛着がありましたし、私自身も、三年前に腰の大手術をしているので、ピアノも大手術をしようとお願いしました。     

いよいよ、ヤマハへ運ぶと言うことで重いピアノはトラックに乗せられて行きました。運ぶ人は、私が売るのだと思ったようです。 約一ヶ月あまりで、西宮の高木さんの所に戻って来たとお電話があり、ホッとしました。そして消音ピアノもつけて頂くことになりました。        

あの重いピアノを二人で、そろりそろりと上手に部屋に入れてくれました。我が家に戻って来たピアノは、あちこちキレイになって見違えるようでした。 高木さんは、少し遅れて来て、消音器の点検と、弦も新しいうちは、ゆるむからと調律をして、終わりました。思い切って、「ポーン」と鳴らしたいのです。でも、遠慮しながら消音で弾いてみましたが、今度は余所へ聞こえないので安心です。

ヘッドフォンは、いつも耳につけていると、チョット耳が痛いようです。でも安心のこの頃です 。

宝塚市 Koshimuraさん

蘇ったピアノ思えば、長女が小二の時買った、四十年近く経つ古いピアノ。毎年丁寧に調律をしてくださる高木さんも、手におえなくなったのか「修理をしたらいかがですか?」と、お話がありました。     
私も調律のたびに、「ご苦労なさって申し訳ないなあ」と思っていました。 
もう三人の娘達も嫁ぎ、弾く人もいないし、どうしようか迷っていました。 

考えてみたら、転勤で六回の引っ越しにも耐え、いたずら盛りの孫が、知らない間にピアノの上でミニカーを走らせて傷だらけにしたり、あちこち傷んでいるピアノが、どれほどキレイになるか半信半疑でした。

浜松の工場まで運んで三ヶ月、修理を終わったピアノが我が家に戻ってきたのは十二月、寒い日でした。据えつけて覆っていた布を取ると、そこには、ピカピカの見違えるように蘇った姿が現れ、ビックリしました。

蓋を開けると、黄ばんだ鍵盤も新しく張り替えられて、今ではリビングの一角に、でんと存在感をしめしています。

お正月、遊びに来た孫は、早速「おばあちゃん、新品のようだね」と、嬉しそうに弾き始めました。  

娘は「手を動かすと脳が活性化して、ボケ防止になるから、お母さんも弾いたら!」と云う。    

「ほんとに気持ちはあるのに悲しいかな指が動かないのよ」 私は、やっぱり、歌う方が良いので、好きな童謡を、娘の伴奏で歌いたいと思うこの頃です。

今回は、色々お心遣い頂き感謝しております。ありがとうございました。

刈谷市 佐藤真理子さん

『ピアノのオーバーホール』これは、私の「新しいピアノ欲しいな」と言う、何気ない言葉で始まりました。
ピアノというのは、いくらきちんと調律してても年月が経てば車と同じであちこちが悪くなってきます。私のピアノも購入して30年、はじめはあまり使わない高音部・低音部の音の出が悪くなりましたが、あまり使わないと言うことであまり気にはなりませんでした。

それが、ウイルスのようにだんだん中心部の方へ移ってきて、音の深みも、広がりも無くなり、弾いてても味のしないガムを噛んでるようで、「ァ~!!新しいピアノ欲しい!!」と言う思いが募ってきました。

そんな時、高木さんが調律に来てくれて「そんな、もったいない。オーバーホールしたら後50年は持つのに。」っと一言。